寄稿者:橋本繁美
立春は二十四節気の最初のひとつで、この日から暦の上では春に。寒い冬のトンネルを抜けると、暖かい春がもうすぐそこに…。そんな春の始まりが立春です。とはいえ、二月を如月というように「衣を更に着重ねる」の如く、春というよりは極寒の感じが強い月。旧暦では立春近くに正月が巡ってきたことから、春の始まりであり、一年の始まりでもありました。
日本人にとっての季節感はあたたかい季節が来たから春になるのではなく、立春になったから温もりや暖かさを感じるみたいです。この日の早朝、禅寺では入口に「立春大吉」と書いた厄除けの紙札を貼るのが通例となっています。この字は縦書きにすると左右対称になるため、福を呼び、厄を祓う、めでたい文字と考えられ、一年間、無病息災が叶うともいわれています。
初午大祭(はつうまたいさい)
初午大祭とは、1300年にわたって、人々の信仰を集め続ける「お稲荷さん」の総本宮、京都・伏見稲荷大社でおこなわれる例祭。稲荷大神が稲荷山の三ヶ峰に最初に鎮座された和銅4年(711)2月の初午の日を称えて、大神の神威を仰ぐ祭りとして始まったそうです。そこから、毎年2月の一番目の午の日(ことしは2月3日)に祭礼がおこなわれ、全国から多くの参拝者が商売繁盛、家内安全を祈願します。
初午大祭に合わせ参拝者に授与される「しるしの杉」は、家内安全・商売繁盛のご利益があり、古くは平安時代からこのしるしを求めて多くの人が初午の日に伏見稲荷大社をめざして参拝したそうで、その様子は「枕草子」や「今昔物語」にも多く詠まれています。
節分(せつぶん)
「鬼は外、福は内」でおなじみの豆まき。鬼を追い払って新年を迎える、立春の前日の行事です。鬼を追い払う行事は、「おにやらい」つまり 「追儺」(ついな)という宮廷の行事で、もともとは豆でなく、殿上人(てんじょうびと)と呼ばれる身分の高い貴族が、桃の弓、葦の矢を持ち、鬼に扮した家来たちを追いかけて逃走させるというものでした。しかし、宮中ではだんだん廃れておこなわれなくなり」、各地の寺社が形を変えつつ受け継ぎ、江戸時代の頃には現在のように豆まきが民衆の間で広まったとされています。また、家の軒先にいわしの頭を柊の葉に刺したものを飾る習慣があります。