寄稿者:橋本繁美
金木犀の甘い匂いが秋の訪れを感じさせる。知らない家の庭からの心地よいプレゼント。こちらは歩いているだけなのに実にありがたい。そういえば金木犀、実家にもあったな。香りの記憶はいろんなことを蘇えらせてくれる。 今回から、「京を歩く」と題して、ぶらぶらと京都のまちを散策しながら、私なりの視点で、紹介してみようと思う。最初は四条河原町からスタート。そこには、かつて阪急百貨店があり、若者たちの待合場所でもあった。その向かいには高島屋、さらに四条通を西に歩けば藤井大丸、そして大丸と四条通には4つのデパートがあった。京都駅前には近鉄百貨店(青春時代には丸物百貨店として活躍)も存在していた。
高校生の頃は、京都市内にまだ市電が走っていた。河原町に面した高島屋の1階には、地元放送局KBS京都ラジオのサテライトスタジオがあり、ガラス張りのなかには司会の女性アナウンサーがリクエスト曲に応える公開生放送があった。そこに集まった人盛り状態のなかで、誰もが我こそはと手を挙げ、番組に参加するという光景が見られたものだ。まさに昭和の良き時代の話。そういえば、深夜のラジオ番組にハガキでリクエスト曲を投稿し、翌朝、学校で盛り上がったこともあった。電話リクエストというものもあり、手の指が痛くなるほど家の黒電話のダイヤルをまわしたこともあった。局につながることだけを考え、必死で電話をかけるのだが、常に「ツウーツウー」と話し中ばかり。局につながれば最高の喜び、大きな達成感を得た記憶がある。
話がそれてしまったが、当時、映画もオシャレも食事も、トレンドといえるものは京都の場合、四条河原町にあった。河原町通を(北へ)上がれば、わくわくドキドキ、若者たちのハートを刺激する気になる店が多かった。大好きな本屋さんも、はしごできるほどあった。梶井基次郎の『檸檬』でおなじみの京都丸善(以前の建物)も活気にあふれ、書籍以外にも大人なのファッション、本場のバーバリーのコートも取り扱っていた。とにかく楽しい時間がいっぱい詰まった河原町通だった。