寄稿者:橋本繁美
空港を出てから、車は見知らぬ風景の中を走っていた。窓を開けると心地よい潮風、海が見えるだけでうれしくなってくるから不思議だ。10分くらい走っただろうか、車は集落の民家の駐車場に入ってエンジンを止めた。そこは龍郷町に工房を構える大島紬の織元、前田紬工芸さんというところだった。緊張しっぱなしの僕に、代表の前田豊成さんをはじめ、みなさん気さくでやさしく迎えてくださった。はじめてなのに親切にしてもらい、これも連れて来てもらった上田真三さんのおかげだ。感謝、感謝。まさに「人さまの、おかげ」。冷たい飲み物と美味しいお菓子をいただきながら、まずは腹ごしらえということで、昼飯を食べに行こうということになった。
再び、車を走らせて「鶏飯のひさ倉」という店に連れて行ってもらった。最初に「ケイハンでも食べに行こうか」といわれた時、なんのことかさっぱりわからなかった。関西の人間にとって「ケイハン」といえば、京阪電車のけいはん、そのコマーシャルでもおなじみの「おけいはん」が浮かぶのだが、「食べる鶏飯」といわれてイメージが全然浮かばなかった。前田さんいわく、鶏飯は奄美を代表する郷土料理で、かつては薩摩藩の役人をもてなすために作られた高級料理だったとか。以来、各家庭でも祝いの日などに作られる身近なおもてなし料理となり、家族にうれしいことがあったときなどに食卓に登場するようになった島一番のご馳走だそうだ。
ご馳走と聞けば、はやく食べたいと思うのが食いしん坊。お言葉に甘えて、旅先ということで昼間から生ビールと豚足をいただきながらしばらく待っていると、目の前には鶏飯が登場。お鍋に入ったスープと、おひつに入ったご飯、お皿にはほぐした鶏肉や、パパイヤ漬け 錦糸卵、紅ショウガ、ねぎ、きざみ海苔などたっぷりの具が運ばれてきた。まずはご飯をお茶碗に入れて、ほぐした鶏肉など具を入れ、地鶏を4~5時間煮込んだ濃厚なスープをかけていただくと、ま、なんと旨いことか。軽く3杯はおかわりできるメニューだ。ところ変われば、いろんな料理があるというが、奄美の鶏飯は旨さズバイチ。この店で豚足をいただいたのも、ずっと印象に残っている。旨かったな、鶏飯や豚の塩煮など、奄美の伝統料理を「シマヌジュウリ」というらしい。