続編104 SNSを去った私と着物。

男と着物 - 回想録 -

投稿者:ウエダテツヤ

SNSとのお話。


振り返ると、私の着物生活と密接に関わったものの代表と言えるのがSNSである。個人的に投稿はやめたけれど(その話は後ほど)、その影響は大きかったし、今もSNSを活用する着物ファンは多いのではないかと思う。

何についても「やってみよう」という心構えだった以前の私。様々なSNSをやって、週何度か投稿していたこともある。

例えば人のいない場所でもSNSにアップすることで誰かの目に留まる。着物を着る理由とSNSに関連性のない方もおられるだろうが、当時の私にとってSNSでの評価は楽しさで、着物への大きなモチベーションでもあった。写真を撮る習慣がなかった私に、自分の着物姿が写真として残されているのも、SNSで共有する楽しさがあったからだ。

そしてその当時からSNSの楽しさを私と同じように感じた人もいたのではないかと思っていて、それが着物姿を増加させる一因になったのではないかしら、と勝手ながら感じている。

また、多くのユーザーが着物姿を投稿することで「私も着てみよう」というきっかけにもなった気がする。嬉しい思い、有難い気持ち、勇気をくれる投稿なども沢山あったし、それらが新しい着物ファンを後押ししたはず(「私のSNS」ではない)だと思うのは私自身も皆さんの投稿に感謝することが沢山あったからだ。

一方で、私がSNSをやめたのは、それ自体が原因というよりも環境変化や加齢によるものなのか、2018年頃から徐々に心のバランスを損ねてしまい、できなくなったことによる。(投稿がないな、アカウントがなくなったなと気付かれた方がいらっしゃったなら、ありがとうございます。ごめんなさい)

以前(97 子供が生まれて変化した私の着物観)でも記載したが、それまで「着ているぞ」という自己達成感的なものを原動力にしていた私にとってSNSは使い心地が良かったのだけれど、心のバランスが取れなくなってからは発信することのみならず、人の感情の欠片やうねりを見る、読む、感じることも辛くなってしまった。

一つ幸運だったのはそういった動機を損なったことで、その後改めて着物と向き合うことができるようになったことだった(今思うと、だけれど)。SNSではなく家族と会社、取引先や実際のお客様だけの中で「私は着物に・人生に何を望んでいるのだろうか」と繰り返し考えた。幸い最終的に新しい動機に繋がり、新しい商品、新しい楽しさが生まれるようになった。

最近は髪が伸びて眼鏡も丸くなって、久々に会うと誰かわかってもらえないことがあるのだけれど、もしかすると以前と中身も全然違っているからかもしれない?。今もネット上での感情の渦は避けるし、なんでもやってやると意気込んでいた以前と違って出来ないことも沢山ある。正直なところ苦手な人も増えた。バランスを取るのに必死な日もある。

そんな私が以前の様に対応できないことで不満のある人もいるかもしれないけれど、私自身はそれを等身大の私としてようやく理解できるようにようなってきたし、家族や社員、取引先、お客様には感謝してもしきれない。

SNSは着物を楽しくしてくれる。確かに過去の私には様々なことを教えてくれた。ある時から「渦巻くもの」に感じて慄き、踏み込めなくなったけれど、SNSを外れた場所にも違った楽しさがあった。もしも同じように感じる人がいるなら、「SNSから離れてこっそり自分の好きな服を誰に評価されることもなく着る方が、今の私には合っていてとても楽しい」ということはせめてお伝えしたい。

ファッションとは「私というスタイル」だと思っている。だから今の私のファッションは、今の私そのもの。それが楽しいと感じることが、私の救いとなっていて、そんな楽しさをnonoに吹き込みたいなと思うわけである。

「ブログ投稿しました」とSNSにアップしていた頃の方が人の目に触れることも多かったのだろうけれど、それをせずとも読んでいただいていることが、この上なく有難いと思うのです。ありがとうございました。