投稿者:ウエダテツヤ
七五三などを除き、物心ついてから私が浴衣を初めて着た記憶があるのは中学生の時。祇園祭である。鉾の関係者でもあった父から粽売りを手伝わないかと言われたのか、もしくは自分で言ったのか記憶はないが、とにかく目的は当時、ボランティアにくれた寸志(※現在はない)だった。小遣い欲しさに浴衣を着て「粽どうですか~」と声をあげていた。今思えば仕事をしてお金をもらう喜び(ボランティアなのだが)を初めて感じたその時が浴衣姿だった。
「これ、おしゃれやろ」と母に渡される浴衣がおしゃれなのかどうかもわからなかった。母がそう言うからおしゃれなのだろう、というまだ不安定な自我の中で、けれどいつもと違う装いは変身するみたいでちょっと嬉しかった。今思えば好きか嫌いかで判断すれば良かったのだけれど。今はどんな浴衣だったか覚えていない。
当時ヒョロヒョロ中学生だったのと、母の趣味なのだろう。帯は兵児帯。それでも帯が上に上がってきた。年に一度しか履かない二枚歯の下駄は靴に慣れている私には固くて痛かった。
おしくらまんじゅうのような人混みの中で、人の少ない販売テントの中から眺める景色は特別感があった。祇園祭のことも知らなかったし、浴衣のことも知らなかったけれど、その思い出は特別で、ふとした時にそれを思い出す。
私にとっての浴衣は祇園祭のもの。中学から高校(大学生の時はやっていないと思う)の数年間だったけれど、今もその感覚は染みついている。
「左手に持った生地が上」
当時、着物の衿合わせを母からそう教えてもらった。それがきっかけで「左側が上」と憶えた。それを「右前」ということを知るのはずっと後。けれど「死装束は衿合わせを反対にする」ということを聞いて、中学生の私にとってそれは少し怖くて心に残った。
「左側が上」(右前)は毎回すぐ忘れた。結局これを完全に覚えたのは頻繁に着物を着るようになる就職後で、それまでは毎回「どっちやったっけ?」と聞いていた。
- 左側が上
- 右に前が来る
- 右手で持てる
- 右手が入る
- 相手から見たらy
覚え方はさまざま。けれど今の私は結局「なんとなく」覚えている。